雲母書房
書籍詳細

自閉症論の原点
定型発達者との分断線を超える

高岡健 【著】
1,800円(税込:1,944円)
精神医療
四六判 / 上製
224頁
2007年05月15日
978-4-87672-225-9
4-87672-225-0


 自閉症ブームとでもいうべき状況が続いている。その背景には、ふたつの誤認が存在する。ひとつは、自閉症を含む種々の発達障害が、少年事件を惹起するのではないかという誤認。もうひとつは、学校教育における混乱の一部は、自閉症などの障害に起因するのではないかというもの。いずれも悪意に基づいた誤認といってよい。他方、映画やテレビドラマには、自閉症を有する人々の純真さと特異な才能を賞賛する作品が、散見されるようになった。いわば、善意からの賞賛だ。
 出版界でも自閉症に関する書籍が多く刊行されている。しかし、それらのほとんどは、誤認ないし賞賛のうちの、いずれかに分類されるといっても過言ではない。このような状況が、自閉症者と定型発達者(いわゆる「健常」者)との間に、超えることの出来ない分断線を引くことは、火を見るよりも明らかだろう。
 かねてからこの分断線を越えたいと願ってきた著者。果たして自閉症は障害なのか。おそらく他の自閉症論とは一線を画する内容を多く含んでいる一冊であろう。
 

序章 『アイ・アム・サム』


第一部 自閉症の精神政治学
第1章 自閉症の「発見」― 一九三〇〜一九六〇年代の米国
第2章 自閉症の変容― 一九六〇〜一九九〇年代の英国
第3章 自閉症の現在― 一九九〇年代〜今日の日本

第二部 自閉症の精神現象学
第4章 感覚論― 自閉症と純粋疎外
第5章 感情論― 自閉症とうつ病
第6章 関係論― 自閉症と世界
終章 自閉症論の原点

評者:芹沢俊介 (2007年6月28日 読売ウイークリー(2007.7.8発行号))
児童精神科医である著者はこの本で、自閉症理解のための二つの基本的な視点を具体的かつ実にわかりやすく提示している。一つは自閉症がどんなふうに「発見」され、どのように理解され、どんな扱われ方をされてきたかを問う歴史的視点、もう一つは自閉症とはなにかを問う本質論である。
 たまたまこの本を読んだ直後の5月中旬、福島県会津若松市で17歳の少年が母親を殺害し、首を切り落とすという事件が起きた。読んでおいてよかったとつくづく思った。
 素人の私にさえ、犯行にいたるまでの少年の追い詰められ方が、手にとるようにというと少しオーバーな形容になるけれど、それに近い印象で理解できるように思えたのだ。
 この本のなかで著者は、自閉症スペクトラムを有する人と定型発達者という分け方をしている。定型発達者とは健常者と一般に呼ばれている人たち、要するに私たちのことである。
 自閉症と呼べるためには、三つの特徴が揃うことが必要である。第一は視線が合わない、友人関係を発展させにくい、興味を分かち合えないなどの相互的社会関係における特徴。第二に言葉や身ぶり手ぶりによるコミュニケーションが不得手であるといった特徴。第三に想像力の範囲が狭く深い。その結果として、変化への抵抗や、さまざまな繰り返し行動を好むといった特徴が現れる。
 三つの特徴を備えながらも、言葉の数の面での遅れがない場合を指して用いられるのがアスペルガー症候群であり、知能が平均以上の場合が高機能自閉症と呼ばれる。自閉症、アスペルガー、高機能自閉症の三つを含む上位の概念が自閉症スペクトラムである。
 もう一つ著者の独自性は、自閉症は障害ではなく、人間存在の原点近くを離れずにいる人たちという見方をしていることだ。原点とは、自分という世界に自足しているということである。対人関係も言葉も必要としない、あまり変化のない世界。そこに自足していたいのが自閉症スペクトラムを有する人たちであって、定型発達者はこの自足状態を失ったことによって獲得された位置だというのである。
 事件後の報道を読んだ限り、先の会津若松市の少年は定型発達者のうちには入らないようにみえた。では自閉症スペクトラムか。わからない。わからないけれど、少年の姿から自足していたかったのに自足を奪われたものの悲鳴を聞いたように思えたのである。




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