雲母書房
書籍詳細

歎異抄の深淵 異義篇

武田定光 【著】
1,800円(税込:1,944円)
宗教
四六判 / 上製
288頁
2007年08月25日
978-4-87672-223-5
4-87672-223-4

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従来、「師訓篇」は著者(唯円)が親鸞の言葉をそのまま聞いてまとめたもの。「異義篇」は、師訓篇の言葉を踏まえて唯円独自の思想を展開したものと考えられてきた。確かに師訓篇の各条は、「云々」で終わっているものが多い。それは弟子・唯円が師・親鸞の言葉を記憶して記したという意味である。しかし、レコーダーで録音したように厳密に親鸞の言葉を記しているわけではないだろう。そこには、聞いた人間による変調が起こる。親鸞の生の言葉ではなく、受けとめた人間の言葉に変化していく。この変調が歎異抄の醍醐味である。
(「はじめに」より)
 

第十一条
異義の類型/十一条の核心/「一文不通」の表層と深層/異義者の説/誓願は意味・名号は言葉/四弘誓願の問題/願と誓願の違い/ほんとうの自己満足は利他に通じる/願いと満足の関係/予定説を超えて/言葉と意味は同時に成り立つ/不思議と当たり前/損得感情から離れる/悪なしには存在できない・・・ほか

第十二条
聖教の本意/インテリの罪/論争に起こる自己正当化/フェーズをずらしてかわす/そっとしておける自信/死からの視線/信も疑もともに仏説/「聞と思」は信仰の両翼/単純なものこそ意味は尽きない/真理からの解放が無限の表現を生む

第十三条
宿業という言葉をめぐって/運命論と宿業感の違い/唯円と親鸞との対話/「本願ぼこり」を擁護する唯円/千人殺しの譬え/福音書との類似性/予定説と絶対他力/悪を自己肯定する善人/逃れたい必然性/如来の救済力を値踏みする罪/救いを拒否する善人/「既知の自己」と「未知の自己」の逆転

第十四条
「滅罪」の思想/八十億却の罪と一闡提/存在自身への反逆/経典の限界と罪/「滅する」と「転ずる」/不意をつく疑問形/摂取不捨の願をたのむ/「する自己」からの解放/存在への勇気

第十五条
「悟る」という言葉/「如来とひとし」をめぐって/親鸞の身心論/真宗という魔の山/今生と来生/断煩悩と不断煩悩/赤ん坊に還る

第十六条
反省と回心/「ひとたび」と「一生」/慈悲の究極としての暴力/ただほれぼれと/自然について

第十七条
疑惑のメタファー/辺地と煉獄/信仰に結論なし

第十八条
宗教には値段がつかない/仏法のフレキシビリティ

後序
親鸞と法然の出遇い/トリックスターとしての親鸞/人間と思想の峻別/つねに呼びかけられている/大切の証文とはなにか/二つのおおせ/「身と知れ」というフレーズ/底知れない知の罪/命名されて初めて存在となる/「そらごと」と「まこと」の鏡像関係/罪に苦しむ人間を目当てとする/流罪文について・・・ほか



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