雲母書房
書籍詳細

褥瘡
余命宣告からの脱出

大浦武彦 【監修】、大住章二 【著】
1,800円(税込:1,944円)
病気/薬
A5判 / 並製
296頁
2007年07月29日
978-4-87672-227-3
4-87672-227-7


床ずれのケアが変わる!
暗闇に投じられたひとすじの光
医療、介護に関わるすべての人へ
 
褥瘡(じょくそう)という病気をご存知だろうか。一般的には〈床ずれ〉という言葉で表現される。あまりにもありふれていて、あまりにも危険なこの病魔と命をかけて闘った親子の物語を通して、いま医療に、看護に、介護に真に求められているものとは何かを模索する。これから仕事として介護を始める方、在宅でご家族を介護されている方には必見の一冊。

はじめに
患者不在の医療を超えて 大浦武彦

第T部 失意の病棟― ある褥瘡患者の記録
第1章 不思議な病気のはじまり
第2章 褥瘡、その恐るべき病魔
第3章 死の宣告
第4章 悪化して当然の医療
第5章 希望への道標
第6章 地獄からの脱出、甦る命
第7章 切なき心の葛藤
第8章 失意の医療現場
第9章 医療に求められるもの
第10章 永遠の別れ

第U部 褥瘡を取り巻く医療問題
第1章 患者にものを言わせない医療風土
第2章 失われたバランス感覚
第3章 医学以前の教育が、質の良い医療を育てる

第V部 医療知識が命を守る  大浦武彦【監修】
第1章 褥瘡予防、ケアのための基礎知識
第2章 家族が知っておくべき褥瘡治療
第3章 現状認識と意識改革の必要性

おわりに


評者: (2007年11月18日 西日本新聞)
褥瘡(床ずれ)
死に至る病、施設で認識に差
「患者本位の正しい知識を」

人間の体が こんなになるなんて……

 床ずれで人が死ぬ。そう聞いて驚く人は多いだろう。福岡県水巻町のカイロプラクター大住章二さん(52)は母親をむしばんだ褥瘡(床ずれ)との闘病記「褥瘡 余命宣告からの脱出」を出版した。発症、悪化、感染症、そして余命宣告。その克明な記録は褥瘡の恐ろしさを伝えると同時に、その治療の困難な現実を浮き彫りにしている。

■入院後寝たきり
 やせ細った左腰に直径十センチほどの穴が開いていた。中の肉は赤黒く腐り、周りをどろっとした黄緑色のうみが覆っている。異様で強烈な臭いが鼻をついた。「これが人間の身体か」。初めて見る母の褥瘡に、大住さんは言葉を失った。
 二〇〇一年七月、大住ハツヨさん=〇四年死去、当時(84)=は原因不明の足のむくみのため、病院に検査入院した。認知症はあったが、つえを突けば自力で歩けたハツヨさんは入院と同時に導尿管を挿入され、寝たきりを強いられた。一ヶ月もするとハツヨさんはひざが曲がって固まり、起き上がることもできなくなった。
 大住さんがハツヨさんの褥瘡を医師に初めて告げられたのは入院から二ヶ月余り。医師は「褥瘡ができないよう十分管理はしてきた」と言った。
 その後、右腰や背中に新たな褥瘡が次々にでき、みるみる悪化した。感染症を起こし、三十九度以上の高熱が続いた。
 入院から五ヶ月、医師が言った。「背中の傷が悪化して明日にも肺に穴が開きそう。そうなれば亡くなる可能性が高い」

■「嫌ならよそで」
 褥瘡は寝たきりなどで身体の骨張った部分などが圧迫され、血流が悪くなって細胞が死んでしまう病気。患部は腐ってどろどろに溶け、やがて骨や内臓に及ぶ。感染症で生命の危険も招く。
 厚生労働省研究班の調査によると、入院患者の5.8%が褥瘡を発症し、全国に約三十万人に上ると推計される。特に@認知症など意識状態が低下しているAやせて骨張っているBむくみがあるC関節が曲がったまま伸ばせない―人がなりやすく、ある部分に体重が集中した状態で数時間放置すればたちまちできるという。大住さんは褥瘡の専門書を読みあさった。そして、病院の処置に強い疑問を抱く。
 看護師は二時間おきに患者の身体の向きを変える「体位変換」を行ったが、すでに褥瘡がある部分や骨張った部分を下向きにしていた。治療では症状に応じて細かく薬を変えなければ逆効果なのに、同じ薬が使われた。何より自力で歩けたハツヨさんを寝たきりにしたのは病院だった。
 大住さんの疑問に、担当医はこう答えた。「ずっとこの方法でやってきた。嫌ならよそで診てもらって」

■遅れている研究
 なぜこのようなことが起こるのか。元日本褥瘡学会理事長の大浦武彦北海道大名誉教授は「褥瘡は長く看護の問題とされ、医療の対象外だった。医学的研究もほとんどなく、いわば闇に隠された病気だった」と話す。
 やけどなど形成外科が専門の大浦名誉教授らが同学会を設立し、本格的に研究を始めたのはわずか九年前。多くの医師や看護師にとって褥瘡は長く病床に伏せれば必ず発症し、しかも治らない「厄介もの」だったのだ。
 大住さんは褥瘡の専門医探しに奔走。当時学会理事長だった大浦名誉教授に手紙で窮状を訴え、専門医のいる福岡県内の別の病院の紹介を受けた。転院後、ハツヨさんは回復へ向かう。
 そこでまず、死んだ組織を切除し、四ヶ所あった褥瘡に症状に応じて別々の薬を使った。高気圧の酸素で細胞を活性化させる療法も取り入れた。薬を付け替える際は、生理食塩水で洗浄。体位変換もハツヨさんの状態に合うように慎重に行われた。傷口はみるみる小さくなった。
 しかし、大住さん母子の受難は続く。急性期を脱したハツヨさんは療養型病院や老人福祉施設を転々とし、多くで褥瘡の処置をめぐり、病院・施設側と衝突した。「体位変換などいらん」と言った病院長もいた。
 最初の入院から二年、六ヶ所目の施設で、褥瘡はようやくふさがった。一年後、ハツヨさんは別の病気で亡くなった。
 大住さんは「医師らに正しい知識と患者本位の姿勢があれば、母はこんなに苦しまずにすんだはず。他の人に同じ苦しみを味わわせないために、医療関係者は努力してほしい」と話す。




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