雲母書房
コラム

磯野雅治


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教師は現場で「教師」になる
2015.12.25
 1970年4月、ぼくは初めて教壇に立った。卒業したのは法学部。時は“政治の季節”で、キャンパスは封鎖され、教職単位はレポート提出で取得。ただ、時代の空気を吸った「我流教育論」だけを身に着けた新米教師であった。
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 教師の仕事の大変さの1つは、現場に立ったとたんに周囲から「一人前」を要求されることである。一週間前までは学生だった者が、突然「教師としてどうすればいいのか」という場面に立たされることも珍しくない。子どもや保護者、いや時には同僚や管理職からさえ、その力量が、経験豊かなベテラン教師と比較される。「新米やから」が許されない世界なのである。
 2010年、ぼくは、38年間の教師生活の中で培った教育実践論をまとめ「担任力をみがく」を上梓した。「ペーパ−教師」にすぎなかったぼくが、厚かましくも「教室発・学級づくり実践論」を書けたのは、多くの「出会い」に恵まれ、現場で「教師」になれたからである。
 ぼくが初めて手にした教育書は鈴木祥蔵氏の「人間の成長・発達と解放教育」(明治図書)だった。以降、さまざまな課題に出会うたびに本を貪り読んだ。そこで得た知識が実践で検証され、教師としてのぼくの血肉となった。
 また、職場などでいい同僚、先輩教師に出会えたことも大きい。新任の頃、連日帰りがけに居酒屋に誘ってくれて、熱く教育論を語ったY先生。週一回集まって教育論や組合活動を語りあったサークルの仲間。そうした議論の中で我が教育実践論は醸成されていったのである。
 そして、何よりも学校現場での子どもたちとの出会いが、ぼくを「教師」にしてくれた。学生時代の「被差別の立場の側に立つ教師でありたい」という“思い”が、「荒れ」ている子や障がいのある子、高校間格差で苦しむ子、外国にルーツを持つ子などとの出会いで、「生活指導論」「障がい児教育論」「進路指導論」「外国人教育論」などへ結実したのであった。
 ぼくは「邂逅」という言葉が好きだが、めぐりあった子どもたちが、確実にぼくを「教師」へと育ててくれたのである。
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 さて、昨今の学校現場である。
 11月半ば、大阪市教委が、子どもの問題行動を5段階レベルに分け、レベルごとに学校がどう対応するかというルールを策定したことが報じられた。その記事を読んで、まず思ったことは「これでは現場で教師が育たない」だった。
 確かに、子どもたちの暴力行為が全国で最多、平均の2倍以上あると言われている大阪府のことである。保護者や市民の風当たりも強く、市教委としても何らかの「対応策」を世間にアピールする必要があったであろうことは理解できる。しかし、38年間学校現場に勤め、生活指導を担当することも多かったぼくの経験からすると、この「学校安心ルール」なるもの実効性には疑問を抱かざるを得ない。
 子どもたちの起こす問題行動は、一人ひとりのそこに至る過程が異なり、その背景にはその子その子の物語がある。さらに、子どもの起こす問題行動の質はグラデーションであり、一律に線引きしレベル分けできるものではない。
 にもかかわらず若い教師が、この「学校安心ルール」に照らして、問題行動を起こした子どもに対応することに終始するならば、教師にとって必要な「課題を背負う子に寄りそう姿勢」や「問題行動の背景にあるその子固有の物語に思いをはせる」といった力は育ちようもない。
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「若い教師にこれまでの実践論が伝わらない」−講演先のあちこちで聴くベテラン教師の嘆きである。確かに、「砂時計」型とも言われる、40歳代の極端に少ない学校現場の職員構成では、ベテラン教師の“論”も“術”も、若い教師に伝わりにくいだろう。
 そこへ持ってきて前述の大阪市教委に見られるような上からのマニュアル化が若い教師が悩みながら、現場で「教師」として育つことを阻んでいる。
 香山リカ氏は、近著「半知性主義でいこう」(朝日選書)で、精神科における「関与しながらの観察」を紹介し、辞典を引用し、「『相互に影響を及ぼし合う過程での観察』を意味する」と説明している。ベテラン教師が若い教師と対峙するときも、こうした姿勢が必要なのだ。
 ベテラン教師には、口で“論”を伝えようとするのではなく、若い教師と“実践”を共有し、共鳴し合うことをめざしてほしい。それでこそ、若い教師が視え、思いも「伝わる」というものである。教師は現場で教師になるのだから。

 当コラムは今回で終了となります。長らくのご愛読に感謝。今後もblog:“いそのまさはるの教育間欠泉”で教育への発信を続けます。

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