雲母書房
コラム

高岡健


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(75)安保法制論
2015.07.06
▼社会党連立政権時代のツケが、いま回ってきている。もちろん、当時の村山による自衛隊合憲論の闡明だ。この悪政によって、個別的自衛権は、日本にとって当たり前の前提事実とされた。その時点で、集団的自衛権への道程もまた、舗装されてしまったといってよい。
言い換えるなら、当時から、今日の安保法制立法が生じるだろうことは、十分に予想された。もし予想していなかったのなら、当時の社会党をはじめとする護憲派の頭脳は、よほどおめでたく出来ていたというしかない。

▼おめでたい護憲派と歩調を合わせるかのように、改憲派の学者は解釈改憲を批判し、堂々と改憲を行うべきだと主張している。そして、最初から腰の引けたマスメディアは、「説明が不十分だ」「わかりにくい」「個別的自衛権で対処可能」と述べるばかりだ。だが、はっきり言っておくが、解釈改憲と同様に、堂々と行われる改憲も、個別的自衛権による対処も、一切が実行されるべき必然性を持っていない。なぜなら、現時点において、民衆が戦争を求めねばならない必然性は、いかなる意味でも存在しないからだ。

▼社稷の概念が無前提に成立しえなくなった現在、国家という抽象概念は、政府という機能的概念と、ほぼイコールだ。こういう歴史段階にあっては、国家を守れというスローガンは、実体としては安倍政権を守れということでしかない。誰が好き好んで安倍政権を守りたがるだろうか。要するに、民衆にとって、農村ファシズムも都市ファシズムも、いずれもが不要なのである。

▼結局のところ、戦争を求める必然性は、民衆ではなく安倍政権の側にしかない。それは、安倍晋三個人の劣等意識を別にするなら(もっとも、後で触れるように、この劣等意識が曲者なのだが)、新自由主義の導入以降、ばらばらになるしかない国民相互の紐帯を、外部に敵を儲けることによってまとめあげようとする仮構にほかならない。一種の都市ファシズムといえばいえるが、こんな仮構を必要とするのは、エコ・ファシストくらいのものだ。

▼いずれにしても、それはあくまで仮構でしかない。安保法制によって、中東で襲撃された日本人商社マンを助けることは出来ないし、イスラム国に拉致された日本人ジャーナリストを助けることも出来ないからだ。もっとも、イスラム国による湯川遙菜さん殺害事件に際し、安倍は救出のための法整備が必要だと主張していた。しかし、提出中の安保法制は救出に踏み切ることをはなから想定していないし、そもそもそれだけの実力を国軍=自衛隊は有していない(2015年1月28日「毎日」)。つまり、安倍のポーズとは裏腹に、安倍政権は、民衆を大切にする思想など、まったく持ち合わせてはいないのだ。

▼日本人輸送中の米艦防御も同様だ。1年前の「読売」の世論調査では、75%の国民がこれに賛成していると報じられていた。だが、民衆をなめてはいけない。そもそも米国が米国人以外を輸送するほど親切だったためしはないことは当時から言われていたし、最近の法制局長官の答弁に至っては武力行使の要件に相当しない場合があるとさえ述べられている。

▼「それこそが我々にとっての現実の戦争です。世界は我が国のように正義と民主主義が確立された国ばかりではありません。そこでアメリカ主導のもと、他の同盟国の協力も得て、戦争主義的平和主義の精神を掲げ、横暴な反民主主義国家に対し、平和的民主主義的戦争を行っているところです。この戦争は我が日本の独立と、国家への国民の忠誠を確立しています。」――これが、優れた小説家の描いた今日の姿だ(田中慎弥『宰相A』)。

▼小説家は、どこまでも凡庸な首相の言葉として、次のようにも記している。「我が国とアメリカによる戦争は世界各地で順調に展開されています。いつも申し上げる通り、戦争こそ平和の何よりの基盤であります。戦争という口から平和という歌が流れるのです。戦争の器でこそ中身の平和が映えるのです。戦争は平和の偉大なる母であります。両者は切っても切れない血のつながりで結ばれています。健全な国家には健全な戦争が必要であり、戦争が健全に行われてこそ平和も健全に保たれるのです・・・」――。劣等感以外には自らを支えることができない首相はいても、民衆はどこにもいない。そういう姿が描かれている。

▼店頭に小説が並んだ数ヶ月後に、安倍は米議会で演説をした。「真珠湾、バターン・コレヒドール、サンゴ海・・・、メモリアルに刻まれた戦場の名が心をよぎり、私はアメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷をささげました。」――だったら、柳条湖、奉天、シンガポールにも、「悔悟」の黙祷を捧げてはどうかと、半畳をはさみたくなる。やはり、ここにも民衆の姿はなく、安倍の劣等感以外の何者も存在しない。

▼もちろん、私たちは、安倍の劣等感が何に由来するのかを詮索するほど、お人好しでもないし暇でもない。だが、重ねて言うが、彼の劣等感に付き合って国軍=自衛隊政談にうつつをぬかさねばならないような、根拠を民衆は持っていない。中期的には、どれだけ不景気が続いても、国軍=自衛隊への志願兵は増えず、ただでさえ多い軍内の自殺者は減らないだろう。そうなると、中期的に自衛隊は一部民営化され、無人兵器の開発が推進されるだろう。そこを見据えて、民衆の絶対多数が直接投票によって賛同を示さない限り、国権発動は一切行えないことこそが、いま法に明記されるべきだ。
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