雲母書房
コラム

磯野雅治


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笑顔の力
2012.12.25
 研究会の講師を務めると、よく参加者に「先生方が教室の戸を開けたとき、子どもたちにどんな表情が浮かびますか」と問うてみる。その場面がとりもなおさず担任とクラスの子どもたちとの関係を表していると思うからだ。
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 日頃子どもたちから「怖い先生」と思われていたら、子どもたちの顔に緊張が走るだろう。子どもとの関係があまり良くなく子どもたちが担任を軽んじていたら、シラ〜とした空気が流れるかもしれない。もちろん子どもたちが担任を好ましく思っていたら自然と笑顔で迎えてくれるだろう。
 ぼくはと言えば、いつも「教室の戸を開けたら子どもたちがホッとした表情を見せる教師でありたい」と思ってきた。すなわち子どもたちに非抑圧的な態度で接することで、子どもたちがありのままの姿を見せてくれる教師でありたいと思ってきたのである。そして、現場教師としての晩年、ぼくは多少なりともそうした教師でありえたと自負している。なぜなら教師生活最後の年の修了式の日、担任していたクラスの多くの子どもたちが手紙をくれたが、幾人かがぼくの「笑顔」について書いていた箇所からそれが読み取れたからでもある。
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 ユリエはちょっとやんちゃな生徒であった。前担任とはそりが合わずよく衝突していた。もっともぼくは彼女のまっすぐさが好きで、懇談などでは時間を大幅にオーバーして彼女の人間観に聴きいったものである。その彼女の手紙には「ウチは先生が他の子と楽しそうに笑ってしゃべっているのを見てるといつも穏やかな気分になれた」とあった。また、2学期の学級代表でもあったサチの手紙には「先生はいつも笑顔で接してくれて楽しかったし、明るい気持ちになれた。何かへこんでたときでも、また頑張ろう!って思えたし、先生には何かと助けてもらった」とあった。
 ぼく自身が意図して笑顔をつくっていた訳ではないが、教師の「笑顔」が子どもたちに与える影響を改めて感じさせられた彼女たちの手紙ではあった。
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 「自尊感情」という概念を最初に人権教育に持ち込んだとされる池田寛さんは、「自尊感情」を育む条件の一つに「成長のモデルが身近にある」ことを挙げている。すなわち「まわりにいる人びとがどのような人間観や社会観を持つかによって、子どもの自尊感情は大きな影響を受けることになる。苦しい状況におかれていてもそれを乗り越えようとか、困難から逃げずにそれに向かってぶつかっていこうする姿勢をもった人が身近にいれば、子どもは自然とそのような生活態度を身につけ、高い自尊感情をもつようになる」(「学力と自己概念」解放出版社)というのだ。
 もちろんぼく自身がいつも「苦しい状況」や「困難」に立ち向かえていたわけではない。「逃げたいなァ」と思うこともしばしばであった。しかしそれでも生徒たちには笑顔で接することが多かったのだろう。おそらくはちょっと見栄っ張りのぼくは、少なくとも教師として子どもたちと対峙するときは前向きでありたいと思ってきたし、生来の子ども好きであったからこその笑顔であったのかも知れない。
 しかしその笑顔が、生徒たちに「自尊感情」の前提となる「穏やかさ」や「明るさ」「やる気」を育んでいたのだとしたら、教師はもっと「笑顔」のもつ力に自覚的であるべきだと思う。
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 日本の子どもたちの自尊感情の低さは多くの人が指摘している。「いじめ」や「荒れ」などといった学校現場の課題を考えるとき、子どもたちの自尊感情を育むことは喫緊の課題だ。
 そのためのエクササイズもあるようだが、それを積み重ねたからといって自尊感情が高まるとは思えない。何よりも教師の笑顔の力が一番だ。教師が笑顔で教室に入っていくことで教室内に穏やかな空気がひろがり、その笑顔に子どもたちも笑顔で応えるような教師と子どもたちの人間関係が育つことこそ、今の学校に必要なことだと思うのである。
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