雲母書房
コラム

磯野雅治


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「関わる」とは「その子を好きになること」
2012.01.25
 教師をしていてうれしいことの1つは、多くの卒業生が今なお年賀状をくれることだ。もう50歳を超えたO君もそんな一人だが、彼の年賀状を見る度に、彼が発した「『関わる』ということは『その子を好きになることや』」という言葉をかみしめているぼくである。
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 「もっと○○に関われ」――我々教師がよく発する学校言語の一つである。障がいを持っている子、「荒れ」てクラスに定着しない子、友だちづくりが苦手な子などとクラスの子どもたちの結びつきを求めて、教師はよくこういう。
 「関わる」とは「関係をもつ」(大辞泉)ということである。しかし、教師の提起を自分より「劣っている者」の「めんどうをみる」というような関係だと理解していると、多くの子どもは、「関わる」ことに「義務感」を感じてしまう。ましてや教師が強い調子で「関わる」ことを求めたら、子どもたちの間に反発が生じることもある。
 では、対等の立場で「関わる」とはどういうことなのか。このことに答えを与えてくれたのが、O君が発した「関わるとはその子のことを好きになることや」という言葉だった。
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 70年代の障害者解放運動にも触発されながら、大阪では「地域の子の教育は地域の学校で保障しよう」という考え方がひろがった。ぼくの勤めていた中学校でも、それまでは養護学校や他校の「養護学級」に通っていたり、在宅になっていた生徒を受け入れ、今で言うインクルーシブ教育にとりくみはじめた。
 そのとりくみの中、重度の重複障がいのため小学校では就学免除になっていたヒロキが、手術を受け、どうにか歩けるようになったということで、15歳で入学してきた。
 そして彼は、中学校生活の3年間で身体的にも精神的にも大きく成長した。ひらかな、カタカナを覚えた彼は、それまで関心を示さなかった街角の広告物などじっと見つめるようになったと、彼の母親が感慨深げに教えてくれた。担当医は「転んで腱を切れば2度と歩けない」と心配されていたが、校内をどんどん歩き、体育祭に参加できるほどに足が強くなった。また、いじめを受けたときには、体育館での全校集会で「嫌だ」ということを訴えるほどにたくましくもなった。まさに地域の学校に通うことがヒロキの成長を可能にしたのだった。
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 しかし、当時は障がいを持つ生徒が、義務教育終了後に小中学校と同じように健常児と共に学ぶ進路は保障されていなかった。ヒロキは、中学校のともだちといっしょにすぐ隣にあった府立高校に進学することを望んでいたが、入試制度は彼の夢を阻んでいた。
 中学校卒業後はまたもや在宅になってしまった彼だが、ときどきその高校前に出かけて、校内の様子を眺めたり、下校するかつての同級生に声をかけたりするという行動をとるようになった。そして、そんな彼に応えようするする動きが高校生の中に生まれ、「地域の障がい者と関わる」クラブができ、活動の一環として彼を校内にむかえることが始まったのであった。
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 中3の折、我がクラスの生徒だったO君もそんな高校生の一人だった。おそらくはそのクラブ活動を通して、彼自身が「障がい者と関わるとは」ということを一生懸命に考えたのだ。そして出した結論が「関わるとはその子のことを好きになること」であった。ある話合いの中で、彼がふともらしたこの一言に触れた時、ぼくは、その簡潔な言葉の中に“真実”があると思った。
 また、ぼくも参加して、ヒロキとともにそのクラブ活動の一環として地域で人形劇を公演することにとりくんだが、その反省会で、ある高校生が「楽しかった」と述べたことも、「関わる」上で大切なことを示していると感じた。
 すなわち、生徒たちが課題のある子と「関わる」ことの前提はその相手を「好き」になること、また「関わる」こと自体がその生徒らにとっても楽しいものであることの重要性を教えてくれたのがO君たちとの出会いであった。
 以来30数年、ぼくは担任したクラスで「関わるとはその子のことを好きになることだ」といい続けた。そして、今も彼の“教え”は我が心の内にある。
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